高位脛骨骨切り術を受けた患者さんの声高位脛骨骨切り術を受けた患者さんの声

特発性膝骨壊死との診断は、私にとって晴天の霹靂(へきれき)70歳 女性特発性膝骨壊死との診断は、私にとって晴天の霹靂(へきれき)70歳 女性

特発性膝骨壊死との診断は、私にとって晴天の霹靂(へきれき)。自分の身体に起きたことなのに受け入れることが出来ませんでした。そしてセカンドオピニオンとしてY病院(横須賀市)のT先生の診察を受けました。先生との出会いは私の心をほぐし、病を受容することが出来ました。
しかし、自然治癒するもしくは骨壊死の進行はしないという20%の確率に私は賭け、半年間杖や松葉杖を使っての生活でした。その間、会う人会う人から「どうしたの? まだ治らないの?」等等、説明するのが辛くなり、また僅かづつでも痛みが増してくる恐ろしさもあり、先生の「正座が出来る手術だよ」の言葉に「高位脛骨骨切り術・骨軟骨移植術」を受ける決断を致しました。
先生は主人と私に懇切丁寧にわかりやすく病状、手術内容、経過等説明して下さいました。
現在、術後丸5年が経ち70歳を迎えましたが、何時間歩行しても駆け出しても問題なく、階段の昇り降りは自慢したい程の早さです。正座しても痛みが出たり歩けなくなったことはありません。

「あなた確か膝が悪かったわねー。私も痛くてねー」とおっしゃる方が何人もおり、「お陰様で私は自分の軟骨を使ったり、人工関節を入れずに手術をしたので正座も出来るのよ。すごいでしょ!」と私の経過を話し、T先生に何人か診て頂いています。すべての方が手術の対象ではなく、私の従姉妹は日頃の痛みに耐えかねて遠くから来て診察して頂きましたが、家の近くの病院でリハビリを続ければよいとの診断で手術をしてもらえないことに不満げでしたが、現在ではその当時の痛みは全くなく生活しております。
適切な診断と素晴らしい手術の腕に感激と感謝の気持ちで一杯です。
痛みで苦しんでいらっしゃる方が一日も早く快方に向かいますよう祈っています。

HTO(骨切り手術)を受けて!75歳 女性(主婦)HTO(骨切り手術)を受けて!75歳 女性(主婦)

私は67歳の時に突然右足の膝が痛くなり、しばらくは歩くことも大変でした。近所の整形外科の診察では軟骨のすり減りによるものということで、1年近く電気療法やヒアルロン酸の注射に通いました。
なかなか痛みが取れず別の病院で診て頂いた所、膝関節の壊死と診断され、このままにしておくと突然歩けなくなると言われ本当にショックでした。
Y病院(横須賀市)のT先生を紹介して頂き、翌年2月に骨切り手術をして頂きました。先生は人工関節を使わずに自分の骨で膝を治す手術を研究されておられ、説明も十分にして頂いて納得の上、手術を受けました。術後は順調に回復し、病院でのリハビリも頑張り、3週間程で退院しました。その後、普通に歩けるようになり、その間に海外旅行なども出来るようになりほっとしました。
1年以上経ち、もっとスムーズに歩けるようになると言うことで、固定していたプレートを外すことになりました。今度は1泊の入院でしたが、そのプレートは今も大事にとってあります。

3年程経ち、今度は左足の膝が痛くなり、先生に診て頂いた所、右と同じ壊死と言われ本当に驚きました。今度は何とか手術しないで治したいと先生に相談し、まず装具と杖で膝の負担を軽くしての歩行となりました。そして膝を守るには大腿部の筋肉を強くする事が一番ということで、先生に水中ウォーキングを薦められ、痛みが少し取れた頃からプールに通い始めました。水の抵抗を受けながら歩くということは本当に膝には良いようで、日に日に楽になりました。家でのストレッチなども頑張った結果、今では正座も出来るようになり、何の不自由もなく暮らせるようになりました。
先日の先生の診察でも完全に回復していると言われて本当にうれしくなりました。自分の足でしっかりと歩けるということがどんなに大切なことかと痛感できた手術でした。
これから先も無理をせず努力しながら、毎日を大切に生きたいと思っております。お陰様で好きな俳句作りのために色々な所へ出掛け、自然との触れ合いも楽しめる日々を送っております。
先生には心から感謝致しております。

病気であることと認識し、外科的に治療することが解決の早道 74歳 男性病気であることと認識し、外科的に治療することが解決の早道 74歳 男性

50歳後半より右膝関節部に軽い痛みと違和感を感じ始め、年齢を重ねると共にその症状はひどくなり、歩行中、階段の上り降り、睡眠中の寝返り時に激痛が出るようになりました。右足はO脚に変形し、日常生活にも支障が出る様になりましたので、近所の整形外科医の診療を受けましたが、加齢に起因する膝変形症と診断されました。電気治療に始まり、膝関節内への注射など色々な治療法を受けましたが、その効果は一時的なもので長続きせず、痛みや不自由さは増すばかりでした。ゴルフ、旅行なども意欲が薄れ、また、特異な歩行姿勢になり暗い日々が続きました。

この痛みと不自由さを何とか出来ないものかとH病院(福岡市)のA先生を訪ね診察して頂いた結果、重度の「変形性膝関節症」で対策は手術するしかありませんとの所見で、その内容を判りやすく詳細に説明して頂きました。74歳で手術未経験の為、不安が一杯でしたが、手術にあたっての検査の結果、関節外側の軟骨がある程度健全であり人工関節ではなく、自分の骨を切り可能な限り変形を矯正し、外側の軟骨に体重を掛ける骨切り術に決定しました。

術前の検査(レントゲン、CT、血液)が行われ、手術内容を詳細に判りやすく説明して頂き、安心して「右高位脛骨骨切り術、右膝鏡視下滑膜切除術」を受けました。所要時間は2時間、麻酔がさめた時、右足は他人の足のようでした。時々痛みは感じましたが完全な看護で安心して治療が出来、少しの不安もありませんでした。4日後に抜糸され、すぐに軽いリハビリに入り、7日目には歩行練習を始めました。苦痛は伴いながらも指示通りのリハビリに励み、術後45日で退院出来ました。

帰宅後もリハビリと指導された生活様式を取り入れて活動し、3ヵ月後には腫れと痛みも少なくなり、1年経過した現在、歩行中の痛み、不自由さもなくなり、散歩、船釣り、旅行など支障なく普通に生活できることが最高の喜びです。今になり反省すれば膝痛は加齢が原因で治らないと思い込まず、病気であることと認識し、外科的に治療することが解決の早道であると思います。

日課は犬の散歩や早足、週に1、2度は整骨院にて体のケアをしています 67歳 女性日課は犬の散歩や早足、週に1、2度は整骨院にて体のケアをしています 67歳 女性

痛い!その時玄関に入るなり膝に激痛が走ったのを覚えています。翌日に卓球の試合がありましたが結果的に断念、翌日からなじみの整骨院にて治療開始となりました。しばらく通うにつれて膝に水が溜まり、足の感覚がなくなっていきました。
そこで近くの整形外科に行き、レントゲン・CTを撮り、膝に溜まった水を注射器で2本抜き、後はヒアルロンサンを注入しました。これを2週間に1回繰り返しましたが、その病院では今の治療で静かに生活することがベターと言われ、私には到底無理な事と感じました。
それをなじみの整骨院の先生に相談し、紹介されたのがH病院(福岡市)のA先生との出会いでした。先生はCTの写真を見て、今までの治療プロセスを聞いた後、「良く頑張りましたね」と一言、そして、今までの治療では完治は難しいので思い切って手術しましょうと言われました。手術と言われ驚きましたが、恐怖感は無く、腫れている膝から早く開放されたく決心がつきました。
いよいよ手術当日、背骨に麻酔を打たれ数秒で意識もうろう、目が覚めると長女の笑顔がありました。受けた脛骨骨切り術は骨を切ってその中に人工骨が入るそうです。包帯で白く巻かれた足で翌日からリハビリです。

車イスでのリハビリセンター通いが始まったが意外と楽しいもので、トレーナーがビール好きで話が良く合いましたし、車イスの運転も上手くなり選手になれそうなんて自負するまでになりました。一方、足をエビのように曲げてのトレーニングの痛さには、これがリハビリとも感じました。日中のベットの中でも訓練したお陰で痛さも和らいでいきました。夕食後の就寝までの長い時間、偶然にもA先生が執刀された骨切りの先輩3名(男性1名)との雑談に花が咲き、至福の一時でした。今でも外来での再開があります。そして、ギブスと両松葉杖との付き合いが始まり、慣れる事には片松葉杖、そろそろ退院という言葉が聞かれるようになりました。2ヶ月半の入院生活でまだ足には8本のボルトが入っており、1年以内には抜く予定であります。

退院後の外来には半年に一度の定期健診では仲間との再会も楽しみなものであります。ある時、先生より膝の写真を学会に持参したいという事で縫い目のある足を撮影、足のモデルとなりました。いまや、階段の上がり下り、和式のトイレも大丈夫です。日課は犬の散歩や早足、週に1、2度は整骨院にて体のケアをしています。周りの方々、お世話になった方々など出会いに感謝です。

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