スポーツ復帰を目指した 膝周囲骨切り術

1. 今や『国民病』とも言える変形性膝関節症

加速する高齢化社会の中で、健康寿命の延伸が日本の重要な課題となりました。つまり、平均寿命が世界トップレベルに伸びたのとは裏腹に、元気に自分の脚で歩くことのできる健康寿命は平均寿命よりも10年短いのです。その問題解決の鍵を握るのが、患者総数2,500万人以上と言われる変形性膝関節症の治療です。

2. 大きく変わりつつある変形性膝関節症の治療戦略

従来は痛みと変形が出たら関節注射に通い、それでも痛くて歩けないくらいに進行したら人工の関節に取り換える、というのが一般的でした(図1)。膝の関節だけがロボットのような部品で置き換わるようなイメージでしょうか。もちろん人工膝関節置換術は確立した手術で、国内だけで年間およそ10万件も行われており、非常に安定した治療です。しかし人工関節の膝は、部品が壊れないように大切に使わなければなりません。「跳んだり走ったり」というわけにはいきません。


1 人工膝関節全置換術

膝のいたんだ部分をすべて切り取り、金属製の関節をかぶせます。金属同士がぶつからないように、間にはポリエチレンをはさみます。

これに対して膝周囲骨切り術は文字通り膝周囲の骨を少し切ることで脚のならびを変えて、膝のいたんだ部分に負担のかからない脚に作り替える手術です(図2)。例えば日本人に多いO脚変形では膝の内側がすり減るため、これを少しX脚に作りかえ、軟骨が保たれている外側に体重がかかるようにします(図3, 図4)。関節を取り替えない『関節温存術』ですから、「跳んだり走ったり」は制限なく行えます。
 

2 膝周囲骨切り術の一例(開大式楔状高位脛骨骨切り術)

脛骨(すねの骨)を高い位置(膝の近く)で切って開いて角度を変え、楔(くさび)状に開いた部分に人工の骨をはさんで安定化させた後、プレートで固定します。

 

図3 57歳の女性

登山とロードバイクへの復帰を目指して開大式楔状高位脛骨骨切り術を行い、術後1年で完全復帰した。

a) 術前の下肢全長レントゲン写真。
軽度のO脚に伴う変形性膝関節症である。
b) 術後2年、固定用のプレートを抜去した後の下肢全長レントゲン写真。ややX脚に矯正を行った。

 かつて骨切り術は日本のお家芸と言われた手術ですが、既存のプレートでは骨を切った部分の固定性が不十分で、なかなか切った骨がくっつかなかったり、せっかく矯正した角度が元に戻ってしまったり、という問題がありました。これらの問題のために、骨切り術は一時期ほとんど行われなくなり、絶滅危惧種の手術と呼ばれるようになりました。しかし近年、骨切り術専用の強いプレートや人工骨が開発され、これが急速に普及してきました。専用プレートと専用人工骨のおかげで術後のリハビリも早まり、最終的なゴールとしてスポーツ復帰も可能となったのです。つまり固定材料の進化によって『骨切り革命』が起こり、骨切り術が『古典的な手術』から『最先端の手術』へと生まれ変わったのです。

3. 骨切り術後のスポーツ復帰

骨切り術が普及したもう一つの背景には、患者側の生涯スポーツの普及があります。健康寿命延伸がささやかれる中、中高年層の運動に対する意識が高まり、健康増進のためにスポーツジムに通う人も増えてきました。また、還暦を過ぎても登山やスキー、テニスなどのスポーツを続ける人も増えてきました。これまでは、膝の変形が進んで痛みが出れば、やりたいスポーツを「あきらめる」ことが「治療」のメインでした。しかし、上述の『骨切り革命』によって、「あきらめない」「治療」が可能となったのです。つまり、これまではゴールを下げることで痛みのない生活を送ることに主眼が置かれていましたが、『骨切り革命』によって、高いゴールに到達するために手術をする、という選択肢が生まれたのです。

私自身、この新しい骨切り術を1,000件以上執刀してきましたが、最初のうちは手術の効果がどれほどのものか実感がわかなかったため、「スポーツに復帰してもらおう!」という強い気持ちがあったわけではありません。ところが、手術を受けた患者様たちから、「3,000mの山に登ってきたよ。」「スキー、滑って来たわ。」「テニスの大会出たよ。」と次から次へと報告を受けるうちに、骨切り術はスポーツ復帰が叶う手術なのだ、と教えられたのです。

私の骨切り術がここまで増加したのには、当院の地域的な背景もあるかもしれません。以前は石川県の病院に、現在は福井県の病院に勤務しておりますが、いずれも近くに日本三名山に数えられる白山があり、登山愛好者が数多くいます。スキー愛好者もたくさんいます。加賀温泉郷や芦原温泉を中心とする温泉街が周囲にあるため、正座が必須の中居さんが数多くいます。各温泉街には隣接したゴルフ場もあり、芝の中を走らなければいけないキャディーさんが数多くいます。術後それぞれの目標に復帰を果たして満足した患者様が、友人や近所の人に骨切り術を勧めて連れて来ることで、年々骨切り術が増えた結果が現在の数字です。スポーツを「あきらめない」「治療」が地域に根ざして来た、と言えるでしょう。

4. スポーツのための骨切り術

この流れに乗って、骨切り術をはじめた当初には全く予想していない事態が展開されてきました。例えば、「膝が痛くて歩けないから人工関節をしてほしい」、あるいはサッカーの選手が膝の靭帯を切ったために「サッカー復帰のために靭帯を再建してほしい」という手術の希望は一般的です。ところが、日常生活では全く痛みがなく、何の不都合も感じていない中高年の患者様が「山に登りたいから膝の骨切りをしてほしい」、と来院するようになったのです(図4)。この場合、スポーツ復帰が叶わずに術後の痛みが出た場合には、患者様は何も得ることなく、失うものしかありません。ですから患者本人のみならず、手術をする医者側にも非常に勇気がいる状況となります。それを承知で皆様の願いを叶えるべく、「スポーツ復帰のみを目的とした骨切り術」を行うようになりました。

 

図4 67歳の女性

登山の復帰を目指してダブル・レベル(大腿骨と脛骨の二つのレベル)の骨切り術を行い、術後1年で3,000m級の山々への登山も可能となった。

a) 術前の下肢全長レントゲン写真。
高度のO脚に伴う変形性膝関節症である。
b) 術後3カ月、固定用のプレートを抜去する前の下肢全長レントゲン写真。ややX脚に矯正を行った。

これまでにスポーツ復帰のみを目的とした骨切り術を施行した患者様が30名以上おられますが、その復帰率は90%を超えています。フルマラソン選手において、筋疲労の蓄積した後半に痛みが出るために完全復帰が難しい傾向がありますが、完全復帰された方の復帰までの期間は1年~1年半です。

いったん関節を取り換えてしまうと、元に戻すことはできません。「あと10年、あと5年でいいから、痛みなく自分の膝でやりたいことをやりたい!」と訴える患者様の声に耳を傾け、充実した時間を提供することが、われわれ関節温存外科医の大きな使命かもしれません。

参考文献

High tibial osteotomy solely for the purpose of return to lifelong sporting activities among elderly patients: A case series study Asia-Pacific Journal of Sports Medicine, Arthroscopy, Rehabilitation and Technology 19 (2020) 17-21

※    回復の進み具合、回復の程度には個人差があります。
 

医師情報

  • 春江病院 整形外科 関節温存・スポーツ整形
  • 外科センター センター長

中村 立一 先生

中部

アクティビティ

略歴

1995年~

金沢大学医学部卒業、金沢大学整形外科入局

1996~2000年

能登総合病院、福井総合病院、富山市民病院

2000年~

金沢大学医学部付属病院

2003年~

金沢大学大学院卒業

2004年~

やわたメディカルセンター

2017年10月~

春江病院 整形外科センター

2017年11月~

第6回日本 Knee Osteotomy フォーラム会長

2018年4月~

春江病院整形外科 関節温存・スポーツ整形外科センター センター長

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