膝の病気と治療方法
膝の痛みの主な原因は2つ、
原因を理解して適切な治療を受けましょう。
高位脛骨骨切り術
(HTO手術)とは
高位脛骨骨切り術(HTO)の内容、実際に受ける際の流れについてご説明します。
患者さんの声
実際に手術を受けた方の
インタビューです
お医者さんのコラム
高位脛骨骨切り術(HTO)の内容、実際に
受ける際の流れについてご説明します。
【インタビュー記事】膝専門医に聞いてみた。膝が痛くなったら?
先生のプライベートについて教えていただけますか?皆さん、こんにちは。JCHO 大阪病院で、スポーツ膝関節外科を担当しております北と申します。本日は、変形性膝関節症の治療についてお話しさせていただきたいと思います。昔からスポーツ全般に関わることが大好きで自分が体を動かすことが非常に好きでした。この年になるとさすがにコンタクトスポーツ(アメリカンフットボール)などの激しいスポーツは難しくなり、サイクリングを楽しんでいます。膝の構造について教えていただけますか?膝関節は、大きく分けて大腿骨、脛骨、膝蓋骨の3つの骨で構成されています。大腿骨、膝蓋骨、脛骨はそれぞれ軟骨という非常に滑らかな組織で覆われています。また、脛骨の上には半月板という組織が内側と外側に一つずつあります。さらに、骨同士は靭帯と呼ばれる組織でつながっており、内側の靭帯、外側の靭帯、前の靭帯、後ろの靭帯の、4 つの靭帯でつながっています。どのような症状があるときに受診した方が良いですか?それぞれの軟骨や半月板が傷んできたり、靭帯を損傷した場合には、膝に痛みが出てきたり腫れたりすることがあります。それらの症状が出た場合は、ご自身のお近くの医療機関を受診することをお勧めします。実際に医療機関を受診された際には、まずレントゲンを撮ることが多いと思いますが、初期の状態の細かな軟骨損傷や半月板損傷、靭帯損傷はレントゲンには映りませんので、ぜひMRIを撮影されることをお勧めいたします。関節内の骨の表面というのは、軟骨というツルツルした組織で覆われています。若い時の軟骨は、ほぼ摩擦がないようにできていますが、年齢とともに水分などが失われて傷つきやすくなってきます。一度、軟骨や半月板が傷ついてしまうと、もともと摩擦がほぼゼロの状態で可動していたところに摩擦が発生してきます。すると徐々に軟骨や半月板が削れていき、最終的に変形性膝関節症を発症することになります。変形性膝関節症の主な原因について教えていただけますか?主な原因は加齢になります。他にも体重が重くて過負荷であったり、半月板や靭帯の損傷、また怪我が原因で発症することもあります。変形性膝関節症を治すことは可能でしょうか?変形性膝関節症は、一度発症するとその進行を遅らせることはできますが、根本的に治癒することは現在の医療ではまだ不可能です。初期には痛み止めや湿布、ヒアルロン酸などで対応できますが、徐々に進行していきます。進行を遅らせる唯一の有意差のあるデータは体重を減らすことです。体重を減らすことによって、膝への負荷を和らげ、進行を遅らせることができるとわかっております。また筋力トレーニングもある一定の効果があると言われており、すり減った軟骨そのものを回復させることはできませんが、筋力トレーニングによって痛みを軽減する効果があることがわかっています。それでも、どうしても痛みが取れない場合や、歩行が困難である場合には手術を検討します。変形性膝関節症の病態について教えていただけますか?基本的に、人間は生まれながらにして、少しO脚の脚を持っています。膝の内側に体重がかかりやすく、膝の内側の軟骨や半月板に 9 割ほどの負荷がかかると言われております。そのため膝の内側の軟骨や半月板は傷んでいるが、膝の外側は健康な状態に保たれている患者さんが多いです。膝の内側の傷んでしまった軟骨に体重がかかるため痛みが出ているので、まだ健康的な膝の外側の軟骨に体重がかかるように脚の骨を矯正するというのが、骨切り術という手術になります。「骨切り術」と聞くと、多くの患者さんが 「非常に怖い」 とおっしゃられます。元の英語はOsteotomy (オステオトミー)。そのまま和訳すると骨切り術になりますが、実際には骨切り術という名前よりは、脚のO脚を「矯正する手術」だと思ってもらえれば良いかと思います。変形性膝関節症の手術について教えていただけますか?変形性膝関節症の手術治療は、主に 3 つに分けられます。一つ目は、関節鏡視下手術になります。二つ目は先述の骨切り術です。そして三つ目は、人工関節置換術と言いまして、膝そのものを金属製の人工関節に置き換える手術です。患者さんの状態によって、この手術の適応というのが大雑把ですが決まってきます。半月板だけが傷んでいる場合には、関節鏡視下手術が適応されます。また、半月板だけでなく軟骨も傷んでいる場合には、骨切り術や人工関節置換術が適応されます。骨切り術については、比較的若年の方に適応することが多く、年配の方になってきますと人工関節が適応されることが多くなります。いずれの治療におきましても、私ども膝関節外科医の考え方としましては、正直なところを申しますと若い 20 歳の状態の関節に戻すことは不可能です。その為我々は健康な膝の寿命をできるだけ伸ばすことを目標にしています。骨切り術について教えていただけますか?3 つの治療法の中でも近年徐々に症例数が多くなっている骨切り術というのは、実は約 60 年前からある手術になります。インプラントの精度があまり良くなかったり、手技が煩雑だった為、中々広まってきませんでした。しかし、近年、インプラントや手術手技が改良されてきたことにより、ここ10年ほどで日本全国で非常に増えている手術です。特に私が研修医だった20 年前は、40 代、50 代の比較的若年の方の変形性膝関節症の患者さんは、外来で診察させていただいても、「どんなに痛くても65 歳までは、痛み止めと湿布で頑張りましょう」というお話ししかできないのが現状でした。それが最近になって骨切り術の発展に伴い、40 代、50 代の変形性膝関節症の患者さんを手術的に治療できることが可能になってきました。骨切り術の利点について教えていただけますか?骨切り術の利点はご自身の関節で荷重ができるため、非常に自然な膝の動きをすることが可能になる点です。少し X 脚にはなりますが、ほとんどの患者さんは、以前から取り組まれていたスポーツや、重労働を含むお仕事など、元の生活に戻られています。また膝の可動域が保たれるということも、骨切り術の利点のひとつです。可動域というのは膝を伸ばしたり曲げたりすることですが、基本的に手術前の可動域が手術後も保たれています。ただ一つ注意していただきたいのは、手術前に正座ができていなかった方が、手術後に正座ができるようにはなりません。しかしながら、努力次第では正座が可能になられる方もおられます。人工関節の場合は、その形状の特性上、必ず膝の可動域が限られてきます。骨切り術の欠点について教えていただけますか?骨切り術の欠点は、手術後のリハビリ期間が長いことです。骨をいわゆる骨折させて矯正し、それを再びくっつける手術ですので、ある程度骨がくっつくまでは痛みを感じることがあり、重労働などに従事するのは少し難しくなります。重労働やスポーツへの復帰は可能ですか?患者さんご自身にもよりますが、早い方で 2 ヶ月、遅い方で半年ほどで元の生活に戻ることが可能です。骨切り術は、ご自身の膝関節で荷重することができるため重労働やスポーツに復帰することが可能です。ただし、きちんと筋力トレーニングをしていただく必要があります。実際の患者さんの中には、もともとフルマラソンやラグビーをしていて膝を痛めた方が、骨切り術を受けた後に復帰されたケースも御座います。私の患者さんには、山の中を走り回るトレイルランニングの様なスポーツをされている方々もいらっしゃいます。入院期間はどのくらいですか?骨切り術の入院期間は、患者さんにもよりますが、早い方で2 週間程度、やや遅い方で4 週間程度になります。手術方法にもよりますが、術後2週間後から全体重をかけて歩行できる術式と、術後 3 週間程度で全体重をかけられる術式の 2 つがあります。いずれの手術にしましても、おおよそ 3 ヶ月ぐらい経ちますと、小走りをしたり重いものを持つことが可能になり、半年ぐらい経つとすべての活動を許可しております。骨切り術の種類について教えていただけますか?最も多く行われているすねの骨で矯正する、骨切り術についてお話しさせていただきたいと思います。すねの骨の矯正術は、内側開大式高位脛骨骨切り術、外側閉鎖式高位脛骨骨切り術に分けられます。内側開大式というのは、ひざの内側から骨に切れ込みを入れます。切れ込みを入れたところを開くことによって、すねの骨を少し外側に矯正する手術になります。それから外側閉鎖式というのは、すねの骨の外側をウェッジ状に切れ込みを入れる手技です。ウェッジ部の骨を完全に抜き取ることによって空洞を作ります。空洞を作った面同士をあわせることによって、膝を外側に矯正する手術です。最後に、膝が痛い患者さんへメッセージをお願いします。いろいろな患者さんを診させていただいていると、やはり、かなり進行してしまった変形性膝関節症の患者さんよりも、初期の段階の変形性膝関節症の患者さんのほうが、手術後の活動性が高く、手術の満足度も非常に高いと感じています。手術をするなら、早ければ早いほうが良いと私たちは考えています。もし膝に痛みを感じたり、水が溜まったりした場合には、早めにお近くの医療機関を受診されることをおすすめします。 こちらのインタビューはビデオで視聴することができます!
- JCHO 大阪病院
- スポーツ医学科診療部長
北 圭介 先生
健康寿命の延伸と変形性膝関節治療における骨切り術
変形性膝関節症と健康寿命現代は超高齢化社会で、ここ数十年で平均寿命が大きく増加しています。一方健康寿命という言葉を最近よく耳にするかと思います。健康寿命は病院にかからず健康な生活が行えるまでの寿命で、実際には平均寿命に対して約10年短いのです。これは亡くなる前の10年は何らかの病気を抱えて不健康な余生を送っていることを意味します。健康寿命に影響する病気には色々ありますがその一つに変形性膝関節症という病気があります。変形性膝関節症は中高年者に多い膝関節の病気で、高齢化社会に伴い年々増加し、潜在的には3000万人程度の患者さんがいると言われています。50代くらいに膝の痛みで発症し、徐々に悪化し立ち上がりや歩行などの日常生活に支障をきたしてしまいます。膝関節症は生活習慣病?それではなぜ膝が悪くなってしまうのでしょうか?その理由はたくさんありますが①加齢による半月板や軟骨の劣化②肥満③筋力低下(運動不足)などが病気の発症や進行と関連することが知られています。これってどこかで聞いた事がありませんか?そうです、様々な生活習慣病の前段階として有名なメタボリック・シンドロームです。メタボリックシンドロームの方には変形性膝関節症が多いという研究結果も存在します。こう考えると変形性膝関節症も生活習慣病の一つと考えてもいいでしょう。なので、現代人特有の生活習慣の改善が変形性膝関節症の予防や治療となりうる事がお分かりになるかと思います。変形性膝関節症の現在の治療皆さん立ったり歩いたりして膝を使って生活していますので、一度変形性膝関節症になってしまうと残念ながら後は進行する一方です。根本的に病気を治したり予防する薬や注射はありません。50-60代で発症して、病気が進行して痛みに耐えられなくなった70-80代で人工の部品をいれる手術(人工膝関節)を受けられる方が殆どです。ただ最近ではもう一つの選択肢として骨切り術が注目を浴びています。これは人工関節に比べて自分の膝を残せるので手術後に曲がりが悪くならない、膝を使う仕事やスポーツを継続できる等の多くのメリットを有しています。ただ残念ながら病気が進みすぎた方だと思うような効果が得られなかったり、持続しなかったりします。わかりやすく言うと“旬”のある治療なのです。骨切り術の進歩骨切り術は昔からある手術方法で最近開発された訳ではありませんが、ここ10年でこの手術を受けられる方が増えています。この理由としていくつかのことが考えられます。一つは新しい骨切り術が開発された(ている)事、また、切った所を固定する新たな材料や素材(人工骨)が開発された事があるでしょう。この改良で以前よりも手術後に早く歩けたり、社会復帰する事が可能になったのです。また、人工関節を受けた方の中に違和感が残ったり膝が曲がりにくくなったり調子が今一つの方が一定数いらっしゃる事もあり、人工関節にはしたくないと希望する方が増えている事も理由かもしれません。そして、一番大きな理由は実際にこの骨切り手術を受けて“良かった”と感じられた方がどんどん増えてきていることかと思います。膝周囲骨切り術の保険収載数 膝サプリメントと再生医療薬局で多くの膝や腰の痛みに効くと言う効能で多くのサプリメントが販売されています。薬剤によって成分は異なりますが基本軟骨に含まれる一成分を配合した薬剤です。以前サプリメントに有効性があるとの報告もありましたが、さまざまな研究からその効果は否定的であることが知られています。また、最近では、再生医療といって自分の血液の成分を濃縮して膝に注射する治療(多血小板血漿療法:PRP療法)が注目を浴びています。これは人によっては一定期間膝関節の痛みを抑えられることが知られています。しかし、どの程度の病期の人に効果があるのか、どのくらいの効果があるのか、その持続期間はどのくらいかははっきりとわかっていません。また再生医療という名前はついていますが、軟骨や半月板など膝関節症の発症や進行に重要な組織がこの治療によって修復・再生されることは証明されていません。これらの治療に共通しているのは、保険が効かず高額ですが誰でも受ける事が出来ること、そして受け身の治療であると言うことでしょう。 超高齢化社会を迎えるにあたって平均寿命は劇的に伸びていますが、健康寿命が改善したというデータは残念ながら見当たりません。私も診療の中で“”頭はしっかりしているが、足腰痛くて動けない“健康寿命を迎えた高齢の方々が、どんどん増えてきている事を実感しています。これは高血圧や糖尿病などの成人病に対する薬物治療が大きく進歩しているにもかかわらず、筋力や体力をつけたりする、いわゆる”動くための薬“が開発されていない事が理由の一つとして考えられると思います。この傾向は今後も続くでしょう。この事は患者さんが主体的に生活習慣を変えて体のお手入れをしていかないと、年齢と共に動けない体(寝たきり)が出来上がってしまうことを意味しています。もちろんサプリメントや再生医療も、この迫り来る運動機能の低下に対しての治療・予防にはなり得ません。 健康寿命の延伸と骨切り術私自身健康寿命を伸ばすために重要なのは、患者さんの“意識の変化”だと思っています。より良い老後を送るためには医者任せにするのではなく、若いうちから自分で体のお手入れ(食事の改善・減量・禁煙・運動習慣等々)をする様に意識を変える必要があると思います。そして骨切り手術の対象となるのは、ちょうどこういった“意識の変化”が必要な年代の方々なのです。私は骨切り術をされる方には、“手術をするだけではダメです。きちんと終わった後に今までの習慣を改めましょう”という話を必ずします。そして、手術をきっかけに禁煙されたり、新しい運動を始めたり、減量に成功された方もいます。これらの方に共通するのは手術後に膝の痛みが取れただけでなく、色々な形で生活が豊かになり、より高い満足感が得られているということです。良いタイミングで治療を受けて、そして自分自身が変わることでより良い結果が得られるのです。残念ながら人工関節・サプリメントや再生医療を受けた方でこの様な結果を得られる事はあまりありません。そういう意味で骨切り術は自分を変えるきっかけになる素晴らしい治療法であり、長い目で見れば健康寿命を伸ばす上で重要な事だと私は感じています。 最後に手術を受けるのは皆さん嫌なことではありますが、自分を大きく変える一つのきっかけになり得るということは知っておいても良いと思います。そして同じ治療を受けるにしてもそのタイミングは非常に重要です。ぜひより良い老後を送るために膝の関節痛で悩んでいらっしゃる方はこの治療を検討されることをお勧めします。
- 信州大学
- 運動機能学教室 准教授
天正 恵治 先生
スポーツ復帰を目指した 膝周囲骨切り術
1. 今や『国民病』とも言える変形性膝関節症加速する高齢化社会の中で、健康寿命の延伸が日本の重要な課題となりました。つまり、平均寿命が世界トップレベルに伸びたのとは裏腹に、元気に自分の脚で歩くことのできる健康寿命は平均寿命よりも10年短いのです。その問題解決の鍵を握るのが、患者総数2,500万人以上と言われる変形性膝関節症の治療です。2. 大きく変わりつつある変形性膝関節症の治療戦略従来は痛みと変形が出たら関節注射に通い、それでも痛くて歩けないくらいに進行したら人工の関節に取り換える、というのが一般的でした(図1)。膝の関節だけがロボットのような部品で置き換わるようなイメージでしょうか。もちろん人工膝関節置換術は確立した手術で、国内だけで年間およそ10万件も行われており、非常に安定した治療です。しかし人工関節の膝は、部品が壊れないように大切に使わなければなりません。「跳んだり走ったり」というわけにはいきません。図1 人工膝関節全置換術膝のいたんだ部分をすべて切り取り、金属製の関節をかぶせます。金属同士がぶつからないように、間にはポリエチレンをはさみます。これに対して膝周囲骨切り術は文字通り膝周囲の骨を少し切ることで脚のならびを変えて、膝のいたんだ部分に負担のかからない脚に作り替える手術です(図2)。例えば日本人に多いO脚変形では膝の内側がすり減るため、これを少しX脚に作りかえ、軟骨が保たれている外側に体重がかかるようにします(図3, 図4)。関節を取り替えない『関節温存術』ですから、「跳んだり走ったり」は制限なく行えます。図2 膝周囲骨切り術の一例(開大式楔状高位脛骨骨切り術)脛骨(すねの骨)を高い位置(膝の近く)で切って開いて角度を変え、楔(くさび)状に開いた部分に人工の骨をはさんで安定化させた後、プレートで固定します。 図3 57歳の女性登山とロードバイクへの復帰を目指して開大式楔状高位脛骨骨切り術を行い、術後1年で完全復帰した。a) 術前の下肢全長レントゲン写真。軽度のO脚に伴う変形性膝関節症である。b) 術後2年、固定用のプレートを抜去した後の下肢全長レントゲン写真。ややX脚に矯正を行った。 かつて骨切り術は日本のお家芸と言われた手術ですが、既存のプレートでは骨を切った部分の固定性が不十分で、なかなか切った骨がくっつかなかったり、せっかく矯正した角度が元に戻ってしまったり、という問題がありました。これらの問題のために、骨切り術は一時期ほとんど行われなくなり、絶滅危惧種の手術と呼ばれるようになりました。しかし近年、骨切り術専用の強いプレートや人工骨が開発され、これが急速に普及してきました。専用プレートと専用人工骨のおかげで術後のリハビリも早まり、最終的なゴールとしてスポーツ復帰も可能となったのです。つまり固定材料の進化によって『骨切り革命』が起こり、骨切り術が『古典的な手術』から『最先端の手術』へと生まれ変わったのです。3. 骨切り術後のスポーツ復帰骨切り術が普及したもう一つの背景には、患者側の生涯スポーツの普及があります。健康寿命延伸がささやかれる中、中高年層の運動に対する意識が高まり、健康増進のためにスポーツジムに通う人も増えてきました。また、還暦を過ぎても登山やスキー、テニスなどのスポーツを続ける人も増えてきました。これまでは、膝の変形が進んで痛みが出れば、やりたいスポーツを「あきらめる」ことが「治療」のメインでした。しかし、上述の『骨切り革命』によって、「あきらめない」「治療」が可能となったのです。つまり、これまではゴールを下げることで痛みのない生活を送ることに主眼が置かれていましたが、『骨切り革命』によって、高いゴールに到達するために手術をする、という選択肢が生まれたのです。私自身、この新しい骨切り術を1,000件以上執刀してきましたが、最初のうちは手術の効果がどれほどのものか実感がわかなかったため、「スポーツに復帰してもらおう!」という強い気持ちがあったわけではありません。ところが、手術を受けた患者様たちから、「3,000mの山に登ってきたよ。」「スキー、滑って来たわ。」「テニスの大会出たよ。」と次から次へと報告を受けるうちに、骨切り術はスポーツ復帰が叶う手術なのだ、と教えられたのです。私の骨切り術がここまで増加したのには、当院の地域的な背景もあるかもしれません。以前は石川県の病院に、現在は福井県の病院に勤務しておりますが、いずれも近くに日本三名山に数えられる白山があり、登山愛好者が数多くいます。スキー愛好者もたくさんいます。加賀温泉郷や芦原温泉を中心とする温泉街が周囲にあるため、正座が必須の中居さんが数多くいます。各温泉街には隣接したゴルフ場もあり、芝の中を走らなければいけないキャディーさんが数多くいます。術後それぞれの目標に復帰を果たして満足した患者様が、友人や近所の人に骨切り術を勧めて連れて来ることで、年々骨切り術が増えた結果が現在の数字です。スポーツを「あきらめない」「治療」が地域に根ざして来た、と言えるでしょう。4. スポーツのための骨切り術この流れに乗って、骨切り術をはじめた当初には全く予想していない事態が展開されてきました。例えば、「膝が痛くて歩けないから人工関節をしてほしい」、あるいはサッカーの選手が膝の靭帯を切ったために「サッカー復帰のために靭帯を再建してほしい」という手術の希望は一般的です。ところが、日常生活では全く痛みがなく、何の不都合も感じていない中高年の患者様が「山に登りたいから膝の骨切りをしてほしい」、と来院するようになったのです(図4)。この場合、スポーツ復帰が叶わずに術後の痛みが出た場合には、患者様は何も得ることなく、失うものしかありません。ですから患者本人のみならず、手術をする医者側にも非常に勇気がいる状況となります。それを承知で皆様の願いを叶えるべく、「スポーツ復帰のみを目的とした骨切り術」を行うようになりました。 図4 67歳の女性登山の復帰を目指してダブル・レベル(大腿骨と脛骨の二つのレベル)の骨切り術を行い、術後1年で3,000m級の山々への登山も可能となった。a) 術前の下肢全長レントゲン写真。高度のO脚に伴う変形性膝関節症である。b) 術後3カ月、固定用のプレートを抜去する前の下肢全長レントゲン写真。ややX脚に矯正を行った。これまでにスポーツ復帰のみを目的とした骨切り術を施行した患者様が30名以上おられますが、その復帰率は90%を超えています。フルマラソン選手において、筋疲労の蓄積した後半に痛みが出るために完全復帰が難しい傾向がありますが、完全復帰された方の復帰までの期間は1年~1年半です。いったん関節を取り換えてしまうと、元に戻すことはできません。「あと10年、あと5年でいいから、痛みなく自分の膝でやりたいことをやりたい!」と訴える患者様の声に耳を傾け、充実した時間を提供することが、われわれ関節温存外科医の大きな使命かもしれません。参考文献High tibial osteotomy solely for the purpose of return to lifelong sporting activities among elderly patients: A case series study Asia-Pacific Journal of Sports Medicine, Arthroscopy, Rehabilitation and Technology 19 (2020) 17-21※ 回復の進み具合、回復の程度には個人差があります。
- 春江病院 整形外科 関節温存・スポーツ整形
- 外科センター センター長
中村 立一 先生
軟骨がすり減ってしまう前に骨切り術 ~一生自分のひざで歩くために~
1.無くなった軟骨は帰ってこない関節が滑らかに動き、衝撃を吸収するためには軟骨が大切です。この軟骨は、ひとたび傷つくと元通りには再生しません。膝の軟骨がすり減って、歩いたり階段の昇り降りしたりするときに痛みがでてくる病気が変形性膝関節症です。軟骨のすり減るスピードは、次に説明するいくつかの要因によって、ひとそれぞれです。しかし、中には半年~1年の間にみるみるすり減っていく人もいます。痛み止めをのめば、まだ歩けるから大丈夫と言っているうちに軟骨が無くなってしまう人もいます。無くなった軟骨は帰ってきません。グルコサミン、ヒアルロン酸、コンドロイチンなどのサプリメントを飲んでも、いわゆる再生医療をやっても、失った軟骨は元通りにはならないのです。2. 半月板は軟骨の守護神それでは、どんな場合に軟骨が傷んでいくのでしょうか。もちろん、転んでガツンと膝をぶつけても軟骨は傷つきます。しかし、そのようなケガをしてなくても軟骨が傷んでいく人がいます。そのような人の中に、半月板が原因のことがあります。半月板は、膝関節の内側と外側にそれぞれ1つずつあり、三日月型をして関節の縁を、ちょうど相撲の土俵のように取り囲んでいます。すねの骨(脛骨)の関節面は平らで、そこに丸い太ももの骨(大腿骨)の関節面が乗っかっているので、それを周りから包み込むようにして、支えているのが半月板です。大腿骨が関節の中で横ブレしないようにも役立っています。ところが、半月板も年齢とともに弱くなってきます。生まれてからずっと長いこと関節の横ブレを支えながら軟骨を守り続けてきた半月板も、いつかちょっとした動きで「もうダメ」と、バツンと切れてしまうことがあります。転んだりしなくても、例えば、電車に遅れそうでちょっと駆け足をしたとき、階段を不意に下りるとき、ズキッと膝に痛みがはしり、それからどうも調子が悪くなったという話をよく聞きます。そういう人の膝をMRIでみてみると、半月板に傷が入っていることがあります。いままで大腿骨の関節軟骨をやさしく、そして力強くささえていた半月板が割れてしまうと、関節内の横ブレが生じ、関節軟骨に強い力がかかり出すことで、軟骨のすり減りが始まります。しかし、それでも人によって軟骨のすり減り方にスピードの違いがあります。半月板が割れても、そのうち痛みがとれて何年たっても大丈夫な人と、1年もたない人がいます。その違いは何なのでしょうか。3. 骨のかたちが運軟骨が早くすり減る人とすり減らない人との「差」は何なのか。これまで多くの研究がなされてきました。例えば、何百人もの人の膝のレントゲンとMRIを撮って、何年か後にもう一度調べてみる。すり減った人とすり減らなかった人との違いを見つける。そういう研究です。ある研究によると、前述の半月板損傷の有無に加えて、脛骨の関節面が内側に傾いていると、軟骨のすり減りが早いということが分かりました1)。新潟県のある町の住民を20年間追いかけて調べた研究でも同じ様に脛骨の関節面の傾きが軟骨のすり減りに関係していました2)。そのような骨の形をしている人はO脚になっていることも多いです。1) Palmer JS, et al. KSSTA 20202) Higano Y, J Orthop Sci 2016関節面の傾きを示したレントゲン脛骨の骨軸に対する関節面の傾きを黄色で示しています。左の人は大きく傾いていますが、右の人は正常範囲です。O脚の人のレントゲンと写真黄色の線は、股関節と足首の真ん中を結んだ線で、歩行時に片脚で立ったときの荷重線になります。体重が膝の内側に偏ってかかることになります。つまり、脛骨の関節面が内側に傾きすぎており、O脚である人は、歩く時つねに大腿骨の関節が内側にずれようとする力が働いており、内側の半月板がずっとそれを支えてくれていたのが、あるときブチッと半月板が切れ、内側の支えを失った大腿骨の横ブレがひどくなり、みるみるうちに内側の軟骨がすり減ってしまうのです。 4. 骨切り術は、傾きすぎた関節面をなおす手術高位脛骨骨切り術は、この内側に傾きすぎている関節面を水平にもどす手術です。内側の半月板の支えを失って、大腿骨が内側にずれようとする動きを減らし、内側の関節軟骨への負担を減らすことで、軟骨のすり減りをくいとめます。横ブレの力が減って傷んだ半月板をグイグイ押す力も減るので、膝の痛みが軽くなります。軟骨がこれ以上すり減るのを食い止めるためにも理にかなった手術です。薬や注射にはその力はありません。関節面が内側に傾いた人(左)に対する高位脛骨骨切り術後(右)のレントゲン関節面の傾き(黄色線)が正常になっています。5. 骨切り術は、軟骨が無くなる前にした方が治療成績がよいレントゲンで関節の隙間がなくなったら手遅れかといえば、そんなことはありません。内側の軟骨がすり減ってしまっていても、骨切り術を行うことで、痛みは軽くなり、スポーツもできるくらいに回復する人はたくさんいます。そのため、もしもあなたのレントゲンで隙間がなくなっていてもあきらめることはありません。あまり変形が強いと人工関節の方が、治療成績が優れていることもありますが、専門医がちゃんと調べると骨切り術がよいかもしれません。軟骨がすり減った人に行った骨切り術術後も内側の隙間(黄色矢印)は狭いままですが、二人とも痛みがなくなり、とても喜んでいます。ただ、骨切り術の治療成績を10年、20年と長い年月で比べると、もともと軟骨が残っていたうちに手術を受けた人と、すり減ってしまってから手術を受けた人とでは、差が出てきます。私達の研究では、軟骨が残っていた人は骨切り術の後15年たっても一人も再手術を受けていませんでしたが、骨切り術の時に軟骨が無くなっていた人は、15年たつと半分の人がその後に人工関節置換術を受けていました。もしもあなたが60歳台であるならば、90歳になっても自分の膝で元気にあるいていくためには、軟骨がすり減ってしまう前に骨切り術を受けた方がいいかもしれません。6. O脚で、内側が痛いなら、軟骨が無くなってしまう前にO脚の人がみな手術する必要はありません。痛みがなく、軟骨も半月板も大丈夫なら心配ありません。しかし、歩くと膝の内側が痛くなり、MRIで調べたら半月板や軟骨に傷があり、レントゲン撮ってみると関節面が強く内側に傾いた形をしていたら、痛み止めで我慢して軟骨がすり減っていくのを待つよりも、早いうちに骨の形を整えてあげる手術を受けた方が良いかもしれません。もちろん、手術の適否については、それだけで決まるわけではなく、病状と軟骨のすり減り、そして手術の必要性については専門医の診断が大切ですが、もしもその必要性があるならば、軟骨が無くなってしまう前がよいでしょう。失った軟骨は帰ってこないので。
- 東京女子医科大学
- 整形外科 教授・講座主任
岡崎 賢 先生 先生
膝の痛みに悩んでいる方...
その痛み解決できるかも
しれません!