ひざの痛みと治療方法 -高位脛骨骨切り術とは-

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お医者さんのコラム

健康寿命の延伸と変形性膝関節治療における骨切り術

変形性膝関節症と健康寿命

現代は超高齢化社会で、ここ数十年で平均寿命が大きく増加しています。一方健康寿命という言葉を最近よく耳にするかと思います。健康寿命は病院にかからず健康な生活が行えるまでの寿命で、実際には平均寿命に対して約10年短いのです。これは亡くなる前の10年は何らかの病気を抱えて不健康な余生を送っていることを意味します。健康寿命に影響する病気には色々ありますがその一つに変形性膝関節症という病気があります。
変形性膝関節症は中高年者に多い膝関節の病気で、高齢化社会に伴い年々増加し、潜在的には3000万人程度の患者さんがいると言われています。50代くらいに膝の痛みで発症し、徐々に悪化し立ち上がりや歩行などの日常生活に支障をきたしてしまいます。

膝関節症は生活習慣病?

それではなぜ膝が悪くなってしまうのでしょうか?その理由はたくさんありますが①加齢による半月板や軟骨の劣化②肥満③筋力低下(運動不足)などが病気の発症や進行と関連することが知られています。これってどこかで聞いた事がありませんか?そうです、様々な生活習慣病の前段階として有名なメタボリック・シンドロームです。メタボリックシンドロームの方には変形性膝関節症が多いという研究結果も存在します。こう考えると変形性膝関節症も生活習慣病の一つと考えてもいいでしょう。なので、現代人特有の生活習慣の改善が変形性膝関節症の予防や治療となりうる事がお分かりになるかと思います。

変形性膝関節症の現在の治療

皆さん立ったり歩いたりして膝を使って生活していますので、一度変形性膝関節症になってしまうと残念ながら後は進行する一方です。根本的に病気を治したり予防する薬や注射はありません。50-60代で発症して、病気が進行して痛みに耐えられなくなった70-80代で人工の部品をいれる手術(人工膝関節)を受けられる方が殆どです。
ただ最近ではもう一つの選択肢として骨切り術が注目を浴びています。これは人工関節に比べて自分の膝を残せるので手術後に曲がりが悪くならない、膝を使う仕事やスポーツを継続できる等の多くのメリットを有しています。ただ残念ながら病気が進みすぎた方だと思うような効果が得られなかったり、持続しなかったりします。わかりやすく言うと“旬”のある治療なのです。

骨切り術の進歩

骨切り術は昔からある手術方法で最近開発された訳ではありませんが、ここ10年でこの手術を受けられる方が増えています。この理由としていくつかのことが考えられます。一つは新しい骨切り術が開発された(ている)事、また、切った所を固定する新たな材料や素材(人工骨)が開発された事があるでしょう。この改良で以前よりも手術後に早く歩けたり、社会復帰する事が可能になったのです。また、人工関節を受けた方の中に違和感が残ったり膝が曲がりにくくなったり調子が今一つの方が一定数いらっしゃる事もあり、人工関節にはしたくないと希望する方が増えている事も理由かもしれません。そして、一番大きな理由は実際にこの骨切り手術を受けて“良かった”と感じられた方がどんどん増えてきていることかと思います。

膝周囲骨切り術の保険収載数

膝周囲骨切り術の保険収載数

膝サプリメントと再生医療

薬局で多くの膝や腰の痛みに効くと言う効能で多くのサプリメントが販売されています。薬剤によって成分は異なりますが基本軟骨に含まれる一成分を配合した薬剤です。以前サプリメントに有効性があるとの報告もありましたが、さまざまな研究からその効果は否定的であることが知られています。また、最近では、再生医療といって自分の血液の成分を濃縮して膝に注射する治療(多血小板血漿療法:PRP療法)が注目を浴びています。これは人によっては一定期間膝関節の痛みを抑えられることが知られています。しかし、どの程度の病期の人に効果があるのか、どのくらいの効果があるのか、その持続期間はどのくらいかははっきりとわかっていません。また再生医療という名前はついていますが、軟骨や半月板など膝関節症の発症や進行に重要な組織がこの治療によって修復・再生されることは証明されていません。これらの治療に共通しているのは、保険が効かず高額ですが誰でも受ける事が出来ること、そして受け身の治療であると言うことでしょう。

超高齢化社会を迎えるにあたって

平均寿命は劇的に伸びていますが、健康寿命が改善したというデータは残念ながら見当たりません。私も診療の中で“”頭はしっかりしているが、足腰痛くて動けない“健康寿命を迎えた高齢の方々が、どんどん増えてきている事を実感しています。これは高血圧や糖尿病などの成人病に対する薬物治療が大きく進歩しているにもかかわらず、筋力や体力をつけたりする、いわゆる”動くための薬“が開発されていない事が理由の一つとして考えられると思います。この傾向は今後も続くでしょう。この事は患者さんが主体的に生活習慣を変えて体のお手入れをしていかないと、年齢と共に動けない体(寝たきり)が出来上がってしまうことを意味しています。もちろんサプリメントや再生医療も、この迫り来る運動機能の低下に対しての治療・予防にはなり得ません。

健康寿命の延伸と骨切り術

私自身健康寿命を伸ばすために重要なのは、患者さんの“意識の変化”だと思っています。より良い老後を送るためには医者任せにするのではなく、若いうちから自分で体のお手入れ(食事の改善・減量・禁煙・運動習慣等々)をする様に意識を変える必要があると思います。そして骨切り手術の対象となるのは、ちょうどこういった“意識の変化”が必要な年代の方々なのです。私は骨切り術をされる方には、“手術をするだけではダメです。きちんと終わった後に今までの習慣を改めましょう”という話を必ずします。そして、手術をきっかけに禁煙されたり、新しい運動を始めたり、減量に成功された方もいます。これらの方に共通するのは手術後に膝の痛みが取れただけでなく、色々な形で生活が豊かになり、より高い満足感が得られているということです。良いタイミングで治療を受けて、そして自分自身が変わることでより良い結果が得られるのです。残念ながら人工関節・サプリメントや再生医療を受けた方でこの様な結果を得られる事はあまりありません。そういう意味で骨切り術は自分を変えるきっかけになる素晴らしい治療法であり、長い目で見れば健康寿命を伸ばす上で重要な事だと私は感じています。

最後に

手術を受けるのは皆さん嫌なことではありますが、自分を大きく変える一つのきっかけになり得るということは知っておいても良いと思います。そして同じ治療を受けるにしてもそのタイミングは非常に重要です。ぜひより良い老後を送るために膝の関節痛で悩んでいらっしゃる方はこの治療を検討されることをお勧めします。

天正 恵治 先生

信州大学
運動機能学教室 准教授

略歴

1997年
信州大学医学部医学科卒業
2008年
信州大学医学部運動機能学講座 助教/下肢関節外科チーフ
2009年
信州大学医学部附属病院整形外科病棟 病棟医長
2013年
信州大学医学部附属病院整形外科 統括医長
2015年
信州大学医学部附属病院整形外科 外来医長
2017年
信州大学医学部附属病院整形外科 講師
2022年
信州大学医学部附属病院整形外科 准教授